私鉄沿線

野口五郎の「私鉄沿線」は、私の中では松田聖子の「赤いスィートピー」と並ぶ名曲です。これから先老いても尚、心の中に残りつづけるのではないでしょうか。特養ホームの中庭で日向ぼっこをしながら、ふと口ずさんだりするのかもしれません。

「おじいちゃん、いい歌ですねぇ。誰の歌ですか?」なんて、西野カナ世代の(いや、もっとあとか)ヘルパーの女の子に話しかけられたりするのでしょうか。しかし、私は、永井荷風のように偏屈で、岸部シローのようにネガティブな老人になりたいので、絶対に無視するようにします。「あっちへ行け!」なんて悪態が吐けたら上出来です。

昔は「私鉄沿線」を聴くと、なぜか大井町線の駅を思い出しました。一度だけ会社の女の子をアパートまで送ったことがあるのです。シャッターのおりた駅前の商店街をぬけると、住宅街の中の狭い路地に入りました。そして、何度か路地を曲がると、彼女のアパートがありました。「お茶でも飲んでいく?」と言われて、中に入ると、部屋の真ん中にハシゴがありました。それは天井とのわずかなすき間に造られたロフトに上がるためのものでした。

ココアかなにかをご馳走になり、ホントにお茶だけを飲んで帰ったのですが、それ以来「私鉄沿線」を聴くと、なぜかそのときの情景がオーバーラップしてなりませんでした。別にその子が好きだったというわけでもないし、今に至っては名前すら思い出せないのですが、ただ、その夜の情景だけはいつまでも心に残っています。

ところが、最近ちょっと困ったことになっています。「私鉄沿線」を聴くと、目の前にコロッケの顔が浮かぶようになったのです。パブロフの犬ではないですが、払っても払ってもヌエのように浮かんできます。

「おじいちゃん、誰の歌ですか?」
「コロッケ」
と答えたら面白いかもしれませんが、コロッケも知らない”ポスト西野カナ世代”のヘルパーの女の子から、「いよいよ認知がはじまったか」と思われるのもシャクですね。
2010.06.28 Mon l 芸能・スポーツ l top ▲