前の記事でも書きましたが、西村賢太の「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」という短編は、ぎっくり腰になった主人公が腰の痛みに苦悶しながら、文学賞(川端康成賞)がなんとしてでもほしい、そして文名を得たい、と渇望する話なのですが、私も今朝、ふと前かがみになった途端に腰に痛みが走りました。以来、腰が痛くてなりません。今までも何度かぎっくり腰を経験していますので、もしかしたら軽いぎっくり腰なのかもしれません。

それで、午前中はベットに横になっていました。そうやって腰に負担をかけないようにすると痛みが消えるのです。ところが、こんなときに限って、電話がかかってくるのでした。しかし、すぐに起き上がることができないので、無視して寝ていました。でも、電話は何度もくりかえしてかかってきます。私は、もしや田舎の母親になにかあったのではないかなんて思って、スローモーションのような緩慢な動作で起き上がり、着歴の番号を確認しました。

しかし、そこに表示されていたのは、見たこともない携帯の番号でした。それも2種類の番号が交互にかかっているのです。私はそのひとつに電話をかけてみました。すると、中年の男性が出ました。

「あのー、先ほど、電話がかかってきたみたいですが、どちらさんですか?」
「エッ、私はかけていませんが・・・」
「じゃあ、間違い電話ですかね?」
「でも、私はそっちの番号は知りませんよ」
「だから、間違い電話だったんでしょう」
「エッ、どういうことですか?」
「どういうことって・・・。番号に覚えがなければ間違ってかけたということではないですか?」
「間違ってかけたと言われても、知らない番号なのに」
「お前、バカか!」と言いたかったけど、そんな元気もなく黙って受話器を置きました。

再びベットに横になっていたら、今度はピンポーンとチャイムが鳴りました。でも、すぐに玄関まで行くことができません。へたにインターフォンに出ると、話がややこしくなりそうなので、ベットに横になったままやりすごしました。そして、あとで玄関に行ったら、郵便局からの不在票が入っていました。見ると差出人は「日本郵便」となっていました。前日、郵便局に代金引換のラベルの印字を頼んでいたので、それが出来上がったんだと思います。昔に比べて仕事が早くなったのはありがたいのですが(民営化の前は頼んでもひと月もかかることがありましたから)、どうして郵便受か宅配ボックスに入れてくれなかったんだろうと思いました。今までは不在の場合、いつもそうやってもらってたのですが。

夜になると、いくらか痛みも和らぎました。それで、歩いて10分くらいのところにある本局のゆうゆう窓口(夜間窓口)に行きました。寒風吹きすさぶ底冷えの夜で、マスクをしていてもやたら鼻水が出てきます。そんな中、痛い腰をかばいながら、暗がりの中をのしのしやって来る猫背の大男は、さながらフランケンシュタインのようだったかもしれません。心なしか前から歩いてくる若い女の子達は、端によけて通りすぎていたように思います。

窓口で代金引換郵便の手続きをして、ついでに”不在票”も差し出しました。応対したのは、ひと月くらい前から見かけるようになったアルバイトの男性でした。しばらくして、彼が日本郵便の専用封筒に入ったラベルの束を持ってきました。そして、「免許証か健康保険証をお持ちですか?」と言われました。

「ああ、忘れました。印鑑は持ってますが」
財布を落として痛い目にあったので、それ以来、免許証や保険証は財布の中に入れるのをやめたのです。
「そうですか・・・。身分を証明するものがないとお渡しできませんが・・・」
「でも、中は印字を頼んだ代金引換のラベルで、この控えと同じものです。だからこれと照合すれば証明になりませんか?」と言って私は、ラベルの控えを差し出しました。しかし、「免許証か健康保険証でないとダメです」と言うのです。
「じゃあ、銀行のキャッシュカードもあります。ここにも名前が書いていますが、ダメですか?」
「ダメですねぇ」
「じゃあ、これはどうですか?」と言って、財布から救急搬送の会員カードを出しました。私はいざというときのために、民間の救急搬送サービスの会員になっており、そこには名前と生年月日と血液型が記載されています。
「やはり、免許証か健康保険証でないと・・・」

私も徐々に興奮して、いつの間にかため口になっていました。
「でも、これって書留ではないんでしょ。ただ郵便局からの事務用の届けものにすぎないわけで、いつもだと郵便受に入れてくれるんだけど、今日に限って不在票が入っていただけなんで、こうして名前と住所が一致すればそれでいいんじゃないの?」
「いえ、やはり免許証か健康保険証がないと・・・」
彼はアルバイトだからなのか、その一点張りです。
それで、私は、「職員の人はいないの?」と訊きました。職員だったら私の顔を覚えているはずなので、融通が効くのではないかと思ったからです。
「いえ、今は休憩中です」
「休憩中って・・・。なんかさぁ、もう公務員じゃないんだから、そんなに杓子定規にものごとを解釈しなくてもいいんじゃないの? 差出人は郵便局で中味もわかっているんだし」
と、とうとう悪態まで吐きはじめる始末です。
しかし、アルバイト氏は「でも、やっぱり免許証か健康保険証でないと・・・。申し訳ありませんが」とくり返すばかりです。ふと後ろを振りかえると、既に3~4人行列ができていました。それで、私は、「しょうがねぇな」とぶつぶつ言いながら、あきらめて帰りました。

ところがです。寒空の下をとぼとぼ自宅に戻り、ふと郵便受を見た私は、一瞬わが目を疑ったのでした。なんと、先程ゆうゆう窓口でアルバイト氏とやり取りしていた際に目の前にあった日本郵便の封筒が、郵便受に差し込まれていたからです。まるで狐につままれたような感じで、「エエッ、どういうこと?」と、熊のツヨシよろしくその場で頭を抱えてしまいました。私が自宅に歩いて帰る10分間の間に急遽バイクで配達に来たのでしょうか。そうとしか考えられません。それはそれでありがたい話ですが、なんとも手間のかかることをするもんだなと思いました(一方で、やっぱり文句は言うもんだなと思いましたが)。

腰の痛みのせいもあり、なんだかいつもと違う出来事に翻弄された一日でした。もっとも私の場合は、鼻水ばかり流していましたので、「落ちぶれて袖に洟(はな)のふりかかる」って感じでしたが。
2011.01.29 Sat l 日常・その他 l top ▲