佐野 (略)無理をして被災地を見てきたのは、震災についてあれこれ話す有識者たちの空虚な言説が腹立たしくてならなかったからです。
石原慎太郎は論外として、『朝まで生テレビ!』(3月26日放送)に出ていたホリエモン(堀江貴文元ライブドア社長)や批評家の東浩紀といった連中です。震災情報や人命救助にツイッターが有効だったなんて、彼らは被災地の実情も知らないのに、よく言えたもんだと思いました。現地は携帯電話の基地局がほとんど倒れて、何も通じない。あの連中の言っていることはもっともらしい分、始末に負えない。今回の大災害はこうした連中の思考の薄っぺらさも暴露した。
(『週刊現代』4/23号・「見えてきたこの国の正体」佐野眞一VS原武史)
これは、『週刊現代』(4/23号)での『東電OL殺人事件』の著者の佐野眞一氏と『滝山コミューン一九七四』の著者・原武史氏の対談における佐野氏の発言です。
「福島原発の事故ではまだひとりも死んでいない」「原発は交通事故や飛行機事故よりリスクは小さい」なんてブログに大真面目に書いていた人気ブロガーの経済学者もいましたが、そんなバカバカしい言説がまかり通るのがネットなのです。
政府や東電の大本営発表をただ垂れ流すだけの新聞やテレビのテイタラクを見るにつけ、その存在価値さえ疑いたくなるほどですが、だからといって、ネットが新聞やテレビよりマシかといえば、ネットもまた五十歩百歩なのです。
このように今回の震災によって、今までこの国に流通していた言説の多くがバケの皮をはがされ、まったく機能しなくなっている現実があります。
一方で、寄らば大樹の陰で原発の広告塔になった文化人や芸能人たちの大罪は、いまさら言うまでもないでしょう。やはり、私は、そのことにもこだわりたい気持があります。
朝のTBSワイドショー「はなまるマーケット」でおなじみの薬丸裕英・岡江久美子コンビも、原発PR推進組(中部電力)に出たことも知らんぷりでテレビに出ずっぱり。北村晴夫弁護士、勝間和代らもそうだ。調べればB・C級戦犯は他にもいっぱいいるはずだ。こうした連中は、この原発危機の中で反省も自粛もなし。視聴者はシラケるばかり。
(岡留安則の東京ー沖縄ーアジア・幻視行日記)
元『噂の真相』編集長の岡留安則氏はそう書いていましたが、中でも代表格は北野たけしでしょう。
原子力発電を批判するような人たちは、すぐに『もし地震が起きて原子炉が壊れたらどうなるんだ』とか言うじやないですか。ということは、逆に原子力発電所としては、地震が起きても大丈夫なように、他の施設以上に気を使っているはず。
だから、地震が起きたら、本当はここへ逃げるのが一番安全だったりする(笑)。でも、新しい技術に対しては『危険だ』と叫ぶ、オオカミ少年のほうがマスコミ的にはウケがいい。
これは、『新潮45』(2010年6月号)で、原子力委員会委員長の近藤駿介(東京大名誉教授)と対談した際のたけしの発言だそうです。これが「天才たけし」の実像なのでしょう。そして、こんなたけしの薫陶を受けたのか、実兄の北野大(明治大学教授)や弟子の浅草キッドも、原発の広告塔をつとめていたのでした。今回の震災と原発事故によって、このように原発マネーに群がった文化人や芸能人たちの卑しい品性がさらけ出されたのも事実でしょう。
「がんばれ!ニッポン」キャンペーンなどによって、国家がせり出してきているのはたしかですが、しかし、その国家が信用にたる対象であるかどうかということは別問題です。少なくとも、多くの国民が直面している現実は、東浩紀のように、そのせり出してきた国家を手ばなしで礼讃するほど単純なものではありません。特に原発に関しては、「国の言うことが信用できないので、自分たちのことは自分たちで守るしかない」という感覚は、圧倒的に正しいのだと思います。
マッチ擦るつかの間の海に霧深し 身捨つるほどの祖国はありや(寺山修司)
いまさらながらにこの歌が思い出されてなりません。