いわゆる首都圏連続不審死事件で、殺人や詐欺などの罪に問われ死刑を求刑されている木嶋佳苗被告に対する裁判員裁判の第一審判決が、いよいよ明後日(4月13日)、さいたま地裁で言い渡されます。
この事件は、物的証拠も自白も一切なく、ただ状況証拠とも言えないような“疑わしい状況”があるのみですが、裁判員たちの“市民目線”がどう事件を裁くのか注目されます。と、マスコミみたいな紋切型の建前論を言っても仕方ありません。裁判員裁判だからこそ、逆にマスコミからの刷り込みによって、「疑わしきは被告人の利益に」などどこ吹く風のような判決が下される可能性が大でしょう。
実際、裁判はシロウトの裁判員たちを多分に意識した法廷劇のような色彩をおびていたようです。『週刊朝日』誌上で、この裁判の傍聴記(「北原みのりの100日裁判傍聴記」)を連載しているコラムニストの北原みのり氏は、月刊『創』(5・6月号)のインタビューで、つぎのように裁判の感想を語っていました。
一方、法廷で被告がみずからのセックス歴を赤裸々に語ったことが話題を呼びましたが、そのことについて、北原みのり氏はこう述べていました。
それにしても、『週刊朝日』の傍聴記を読むと、今さらながらに木嶋佳苗被告の"特異さ"を痛感されられます。彼女は北海道別海町の高校を卒業して上京するのですが、上京して1年後には既に高級デートクラブに登録して、売春で生計を立てるようになったそうです。ただ、彼女にとって売春は、単に生活の糧を得るための手段だけにとどまらなかったように思います。「セックス・アンド・ザ・シティ」を引き合いに出すむきもありますが、そこまで軽いものでもなかったように思います。むしろ、「私が私である」という、いわば実存の承認を得るための手段でもあった(やがてそのように転化した)、と読めなくもないのです。傍目には支離滅裂にみえますが、彼女にとって、「私が私である」というのは、私たちが想像する以上に切実なものだったのかもしれません。
私は以前、ネットで知り合った男性と月に何度かデートをして、そのたびに5万円だかのお金をもらっていたという女性に話を聞いたことがありました。彼女は、大手企業に勤める夫と小学生の子供がいるれっきとした既婚者でした。相手の男性は、彼女の話では、木嶋被告がつきあっていた男性と同じような、中年のさえない独身男だったそうです。そして、あるとき、相手の男性から「お金がもたないので、デート代を半分に減額させてくれ」と懇願されたそうです。それを聞いた彼女は、男性を面罵して、二度と会わないことを告げて席を立ったのだとか。
「だってそうでしょう。それだったらただの売春婦じゃない」と彼女は言ってました。彼女は男性からもらうお金を通して自分の価値をはかっていたのでしょう。そうやって自分が「特別な女」であることを確認していたのかもしれません。
私は、その話を聞いたとき、彼女もまた東電OLに自分の姿を映した女性のひとりに違いないと思いました。そして、北原みのり氏が言うように、私は木嶋佳苗被告にも同じ影を見るのです。
やはり裁判を傍聴している精神科医の香山リカ氏が、同じ『創』のコラムで書いていましたが、交際していた男性の家が全焼して遺体で発見されたとき、木嶋佳苗被告は、妹につぎのようなメールを送ったそうです。
そんな「ゴミ屋敷」に住むようなさえない男たちを相手にして、ことば巧みに金をむしり取っていたのです。男性に対するシビアな目が、そのまま裁判長や検事たちがもちだす古い男性観を手玉にとるしたたかさにつながるのは当然でしょう。
もっとも、そのしたたかさの先には、人生のかなしみもあったはずです。「佳苗に、一人で泣きたい夜は、あるのだろうか。」と北原みのり氏は書いていましたが、なかったはずがない。母親との”葛藤”もそのひとつだったのかもしれません。北原氏によれば、木嶋佳苗被告は、交通事故で亡くなった父親の墓を、地元では名家の流れをくむ別海町ではなく、わざわざ東京の浅草の寺に造ったりと、故郷の別海町と縁を切ろうとしたふしさえあったそうです。
彼女はどんな心の闇を抱えていたのか。法廷での”セックス自慢”も、それを隠すための自己韜晦とみえなくもありません。茶番のような裁判員裁判ではどだい無理な話なのかもしれませんが、裁判でもそれはほとんどあきらかになっていないのです。
>> 東電OL殺人事件
>> 『私という病』
※この記事は、WEBRONZA(朝日新聞)に「関連情報」として紹介されました。
この事件は、物的証拠も自白も一切なく、ただ状況証拠とも言えないような“疑わしい状況”があるのみですが、裁判員たちの“市民目線”がどう事件を裁くのか注目されます。と、マスコミみたいな紋切型の建前論を言っても仕方ありません。裁判員裁判だからこそ、逆にマスコミからの刷り込みによって、「疑わしきは被告人の利益に」などどこ吹く風のような判決が下される可能性が大でしょう。
実際、裁判はシロウトの裁判員たちを多分に意識した法廷劇のような色彩をおびていたようです。『週刊朝日』誌上で、この裁判の傍聴記(「北原みのりの100日裁判傍聴記」)を連載しているコラムニストの北原みのり氏は、月刊『創』(5・6月号)のインタビューで、つぎのように裁判の感想を語っていました。
(略)こんな面白い裁判は見たことがなかった、というのが感想です。男性たちの死が問われているわけですが、被告人質問にしても、検事や裁判長の質問から浮かび上がるのは、木嶋被告の残忍さや殺意のありようではなく、むしろ裁判長や検事の持つ古い男性観だったりする。それを聞いていると、佳苗が問われているのは、殺人なのか愛なのか分からなくなる瞬間が多々あります。
一方、法廷で被告がみずからのセックス歴を赤裸々に語ったことが話題を呼びましたが、そのことについて、北原みのり氏はこう述べていました。
(略)佳苗が、そこまでセックスのことを言いたがるのは、裁判上、有利に運ぶために計算して組み立てた論法というよりは、自分が特別な女であるというアピールを、裁判でもせずにはいられない自意識なんじゃないかと思いました。または、売春という仕事を肯定するための物語か。どっちにしても、セックスの話をすることで、彼女が裁判で得たものは何もないと思います。
それにしても、『週刊朝日』の傍聴記を読むと、今さらながらに木嶋佳苗被告の"特異さ"を痛感されられます。彼女は北海道別海町の高校を卒業して上京するのですが、上京して1年後には既に高級デートクラブに登録して、売春で生計を立てるようになったそうです。ただ、彼女にとって売春は、単に生活の糧を得るための手段だけにとどまらなかったように思います。「セックス・アンド・ザ・シティ」を引き合いに出すむきもありますが、そこまで軽いものでもなかったように思います。むしろ、「私が私である」という、いわば実存の承認を得るための手段でもあった(やがてそのように転化した)、と読めなくもないのです。傍目には支離滅裂にみえますが、彼女にとって、「私が私である」というのは、私たちが想像する以上に切実なものだったのかもしれません。
私は以前、ネットで知り合った男性と月に何度かデートをして、そのたびに5万円だかのお金をもらっていたという女性に話を聞いたことがありました。彼女は、大手企業に勤める夫と小学生の子供がいるれっきとした既婚者でした。相手の男性は、彼女の話では、木嶋被告がつきあっていた男性と同じような、中年のさえない独身男だったそうです。そして、あるとき、相手の男性から「お金がもたないので、デート代を半分に減額させてくれ」と懇願されたそうです。それを聞いた彼女は、男性を面罵して、二度と会わないことを告げて席を立ったのだとか。
「だってそうでしょう。それだったらただの売春婦じゃない」と彼女は言ってました。彼女は男性からもらうお金を通して自分の価値をはかっていたのでしょう。そうやって自分が「特別な女」であることを確認していたのかもしれません。
私は、その話を聞いたとき、彼女もまた東電OLに自分の姿を映した女性のひとりに違いないと思いました。そして、北原みのり氏が言うように、私は木嶋佳苗被告にも同じ影を見るのです。
やはり裁判を傍聴している精神科医の香山リカ氏が、同じ『創』のコラムで書いていましたが、交際していた男性の家が全焼して遺体で発見されたとき、木嶋佳苗被告は、妹につぎのようなメールを送ったそうです。
あのゴミ屋敷、まあ○○さん(注・妹の名)なら気絶したと思うわ
そんな「ゴミ屋敷」に住むようなさえない男たちを相手にして、ことば巧みに金をむしり取っていたのです。男性に対するシビアな目が、そのまま裁判長や検事たちがもちだす古い男性観を手玉にとるしたたかさにつながるのは当然でしょう。
もっとも、そのしたたかさの先には、人生のかなしみもあったはずです。「佳苗に、一人で泣きたい夜は、あるのだろうか。」と北原みのり氏は書いていましたが、なかったはずがない。母親との”葛藤”もそのひとつだったのかもしれません。北原氏によれば、木嶋佳苗被告は、交通事故で亡くなった父親の墓を、地元では名家の流れをくむ別海町ではなく、わざわざ東京の浅草の寺に造ったりと、故郷の別海町と縁を切ろうとしたふしさえあったそうです。
彼女はどんな心の闇を抱えていたのか。法廷での”セックス自慢”も、それを隠すための自己韜晦とみえなくもありません。茶番のような裁判員裁判ではどだい無理な話なのかもしれませんが、裁判でもそれはほとんどあきらかになっていないのです。
>> 東電OL殺人事件
>> 『私という病』
※この記事は、WEBRONZA(朝日新聞)に「関連情報」として紹介されました。