今日の朝日新聞デジタルに、最近東京の新大久保や大阪の鶴橋などでくり広げられているヘイトスピーチのデモに関連して、つぎのような記事が出ていました。

「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などの団体が「朝鮮人を殺せ」と連呼するヘイトスピーチ(憎悪表現)デモを繰り返している問題が、9日の参院法務委員会でとり上げられた。谷垣禎一法相は「憂慮に堪えない。品格ある国家という方向に真っ向から反する」と語った。
(2013年5月9日18時26分配信)


しかし、谷垣法相も法務省も警察庁も、法的な規制については、「注視」すると発言するにとどまり、積極的な姿勢は見せなかったそうです。

ヘイトスピーチのデモについては、保守派の桜井よしこ氏や小林よしのり氏らも懸念を表明していますし、右翼・民族派の間でも批判の声が多いと言われます。

小林よしのり氏は、『ゴーマニズム宣言』(小学館『SAPIO』連載)で、「彼らは自分が気に食わない者は誰でも『在日朝鮮人』と決めつけ、気に入らないことがあれば何でも『在日の陰謀』にしてしまう」(「許容できるデモ、愚劣なデモ」)と書いていました。

彼らが主張する「在日特権」なるものが、ほとんど妄想の類にすぎないことは、今さら言うまでもありません。まさに「彼らは『在日特権』がなくなってから『在日特権』を叫び、『愛国』を主張することに何のリスクもなくなってから『愛国』を叫び、それを口実に、自分の差別感情を正当化しているにすぎない」(『ゴーマニズム宣言』)のです。

しかし、問題をそこで済ましてしまうのは、一面だけしか見てないことになります。小林よしのり氏が言うように、「弱者こそが人を差別する」という側面もあるからです。

「小泉構造改革が弱肉強食社会を急速に促進した結果、若者を中心に膨大な『弱者』が生み出されてしまった」「ネットの関係でしか他者から承認されない寂しい『弱者』たち…」「そんな人間をネトウヨは吸収し、拡大してきた」(前掲『ゴーマニズム宣言』)のはたしかでしょう。

身近にも「在日」が日本を支配する式の妄想にとりつかれたような人間がいますが、そういった人間たちはなにも特別な浮いた存在なんかではなく、ごく普通に当たり前のようにいるのです。

ひとりひとりはやや気弱で人の好いところもありますが、ただ、おしなべて能力的にすぐれているとは言い難く、人生がうまくいっているとは思えない人間が多いのも事実です。言うなれば彼らは、人生がうまくいかない負の感情を「在日」やナマポ(生活保護)叩きで発散させ、そうやって自分が置かれた現実から目をそむけているだけです。そして、ネットにあふれる陰謀論は、そんな自分を合理化するのにうってつけです。だから、彼らは暇があればネットに張り付き、都合のいい情報だけを集め、「ネットこそ真実」と信じて疑わないのでしょう。

山本一郎氏と安田浩一氏は、そんな彼らについて、『ネット右翼の矛盾』(宝島新書)のなかで、つぎのように語っていました。

山本 知能の不足としか言いようがないと思います。ロジカルに考える力がない。
 だから、ロジカルに考える力も、考えたことを人に表明する力も備わっていないので、結果的に暴力的な言論にならざるを得ない。同時に行動においても、デモに参加するだとか、ネットで人を罵倒するといったレベルで収まってしまうということなんだと思います。


安田 日の丸以外に何か誇示するものを持たない人々なんじゃないでしょうか。人間って、自分は何者であるのか、といった具合に、自分を説明できる人とできない人がいると思うんです。何も持たない人、あるいは自分を説明することのできない人が、いきなりナショナルな方向に向かってしまう。(略)
 本当なら個々に物語を持っているはずなのに、本人は物語を持ってないと感じている。あるいは物語を語る力量がない。そういう人にとって、ナショナルなものというのは、すごくラクなんですよね。


一方で、かつて学生たちの左翼運動を煽った”進歩的知識人”と同じように、「愛国」の名のもとに彼らを煽り、彼らに「在日」やナマポといった「見世物」を与えた右派メディアや右派の「文化人」たちがいたことも忘れてはならないでしょう。彼らは今になって、「あんなのは『愛国』でもなんでもない」と梯子を外しシラを切っているのです。

側近議員をとおしてネトウヨにシンパシーを送っている安倍首相にしても同様です。今はヒーローのように映っているのかもしれませんが、そのうち”悪魔”に変わるのは間違いないでしょう。

山本 (略)生活は苦しい。家庭はうまくいってない。仕事もうまくいってないどころか、そもそも仕事がない。そんな中で、自分のストレスや自己嫌悪する姿をネットに投影した結果として、自分以外の誰かを攻撃したい衝動に駆られる。それがネット右翼活動に結びついていく。これって、彼ら自身の問題というよりは、日本社会の閉塞感がもたらしたものじゃないかと思ったりもします。
(前掲『ネット右翼の矛盾』)


TPPの問題ひとつとっても、アベノミクスは小泉構造改革の比ではなく、多くの若者を社会の最底辺に転落させるでしょう。ネトウヨは決して他人事ではなく、私たちの身近にあるすぐれて今日的な問題なのだと言えます。
2013.05.09 Thu l 社会・メディア l top ▲