ビッグデータの覇者たち


海部美知氏の『ビッグデータの覇者たち』(講談社現代新書)を読みました。

ビッグデータとは、著者の定義によれば、ネットで収集されたさまざまなデータを使って「予測」「絞り込み」「見える化」をする技術のことです。身近な例で言えば、過去の検索履歴から個人別にカスタマイドされるGoogleのパーソナライズ検索やAmazonのレコメンド広告(おすすめ広告)などがそれです。

業界では、「データは新しい石油」と言われているそうですが、たしかにネットで収集される個人データが”無限の可能性”を秘めているというのは、そのとおりでしょう。ただし、それはあくまで金の成る木としての可能性です。

もちろん、ビッグデータを考える上で、ユーザーのプライバシーは避けて通れない問題です。考えようによっては、非常に深刻な問題をはらんでいると言えます。でも、著者の認識は、呆気にとられるくらい能天気なものでした。本のなかでも、プライバシーの問題は申し訳程度にちょっと触れているだけで、あとはもっぱら金の成る木としての可能性の話ばかりでした。

(略)ユーザーがアマゾンのタブレット「キンドル」を使うと、そのユーザーのデジタル・コンテンツの利用状況の詳しいデータを取ることができます。電子書籍ならば、いつ、どの場所で、何を、何ページまで読んだか、どこにブックマークしたか、ハイライトしたか、などまでアマゾンが正確に把握することができます。


(略)ベンチャーのプロテウス社では、食べられる素材で作った微小チップを薬の錠剤に埋め込み、ユーザーが錠剤を服用したときだけチップが微弱電波を発するようにし、その信号をキャッチしてサーバーにアップするシステムを開発しています。大きな手術後にはたくさんの薬を服用することが必要ですが、用法・用量を守らず、また病院に逆戻りというケースが多いため、服用状況を自動監視するための仕組みです。


私は、こういった具体例を読むにつけ、やはりプライバシー問題を考えないわけにはいきません。それどころか、ビックデータというのは、総監視社会化の謂いではないかという思いを強くせざるをえないのです。

でも、著者は、「『プライバシー問題があるからビッグデータは全面禁止』というのは、『交通事故が怖いから自動車は全面禁止』と同じくらい、非現実的です」と言ってました。このセリフはどこかで聞いたことがあるなと思ったら、福島第一原発事故のあとに原発推進派が口にしていたセリフと同じなのです。

著者は、ビッグデータによる実害については、その都度個別に防止策を講じればよく、データを集める部分に制約を設けるべきではないと言います。なぜなら、「どのデータが役に立つのか、今はゴミでも将来はどうか、自分にとってゴミだが他の人にとってはどうか、など集める段階での判断をつけづらいのがビッグデータ」だからだと言うのです。なんだかこれも「まず原発ありき」の推進派の詭弁に似ています。

しかも、現在、ビッグデータで利用されているデータは、ほんの入口にすぎないのだそうです。その先には、あまりにも「強力」すぎて使うことができない、著者が言う「戦略核兵器」のようなデータがあります。たとえば、フェイスブックがもっている「プライベートな人間関係データ」などがそれです。ただ、逆に言えば、「強力」である分、巨大な金の成る木になる可能性もあるわけで、ネットの守銭奴たちがただ指をくわえて見ているはずはないのです。

もっとも、先日、元CIA職員でアメリカ国家安全保障局(NSA)の要員であったエドワード・スノーデン氏が暴露したNSAの諜報活動からは、国家レベルでは既にその「戦略核兵器」に手をつけている実態が垣間見えるのでした。スノーデン氏が提供した内部文書によれば、国防総省の諜報機関であるNSAは、「PRISM」というソフトを使って、Google・アップル・マイクロソフト・Yahoo!・フェイスブック・スカイプ・YouTube・AOL・パルトークの大手ネット企業9社のサーバーに侵入し、サーバー内に保存されていたメール・検索履歴・通信記録・画像・動画等の個人データを収集していたそうで、アメリカ政府もその事実を認めています。

言うなれば、ビッグデータとは、諜報活動の民生転用のようなものと言ってもいいのかもしれません。ビッグデータをとおして見えてくるのは、筒抜けになった私たちのプライバシーが日々企業や国家から覗き見されている、ジョージ・オーウェル描くところの『1984年』の現代版のような世界です。それは、「ネットは自由か?」なんて質問も、もはや間抜けな愚問にすら思えるほどです。そう考えると、『ビッグデータの覇者たち』は、ユーザーの側から見た問題意識がおそろしく欠けていると言わざるをえません。そして、あらためてウィキリークスのジュリアン・アサンジ氏やスノーデン氏が、ヒーローに見えて仕方ないのでした。

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2013.06.28 Fri l 本・文芸 l top ▲