資本主義という謎


先日、今年度の「国民健康保険料額決定通知書」が届いたのですが、それを見て、一瞬我が目を疑いました。たしかに前年よりいくらか収入は増えたものの、それにしても保険料の上がりようが尋常ではありません。計算間違いではないかと思って市役所に問い合わせたのですが、間違いではないということでした。そう言えば、4月だったかに、国民健康保険料の計算方法が変更になるという「お知らせ」が届いたのですが、それがこの大幅な引き上げの予告だったのかと思いました。

収入に対する保険料の割合が「異常」と思えるくらいアンバランスで、とても現実に合致しているとは思えません。特にボーダーラインの近くにいる世帯にとって、この重い負担は深刻な問題でしょう。

所得に対する国民全体の租税負担と社会保障負担の合計額の比率を「国民負担率」と言いますが、日本の場合、「国民負担率」は42%だそうです。つまり、収入の42%が税金等に取られているのです。もちろん、高負担・高福祉のヨーロッパの国に比べれば、比率は低いのですが、しかし、私たちの生活実感からすれば、重税感を抱かざるを得ません。

水野和夫氏と大澤真幸氏の対談集『資本主義という謎 ー「成長なき時代」をどう生きるか』(NHK出版新書)が指摘するように、今のようなグローバリゼーションの時代では、資本にとって国家は足手まといでしかないのですが、さらに言えば、もはや国家にとって社会保障制度で面倒をみなければならない国民も足手まといでしかないのです。そして、結局は、国境を越える(越えなければならない)資本によって、国民は国家とともに置き去りにされるのがオチでしょう。それが、ウォール街を占拠したアメリカの若者たちが告発したような、1%の「勝ち組」と99%の「負け組」という現実になって表れているのだと思います。

大澤真幸氏が言うように、分配のシステムひとつとっても、資本主義は社会主義なんかよりはるかによくできた制度であるのはたしかでしょう。しかし、世界の経済が株価や為替の動きにこれほど左右され、超低金利政策がこんなに長くつづき、頻繁にバブルがおきて、まるでモグラ叩きのように常に世界のどこかで”危機”が発生している今の状況は、どう考えても資本主義が行き詰りつつある証左のようにしか思えません。水野和夫氏は、非正規雇用の背景には過剰資本の問題があり、雇用者報酬(所得)の削減の背景には過剰な固定資産減耗の問題がある、と言ってましたが、これは既に分配のシステムも機能しなくなっているということではないでしょうか。

資本主義が十全に機能するためには、常に収奪すべき「周辺」が必要ですが、もはやその「周辺」もなくなりつつあるのです。それで、急場しのぎでこしらえた新たな「周辺」が「金融空間」で、そのためにバブルが頻繁におきるようになったというのは、よくわかる話でした。

水野 (略)なぜ、バブルが頻繁に起きるかといえば、新しい「実物投資空間」がなくなったからです。「実物投資空間」の膨張がインフレで、「電子・金融空間」の膨張がバブルです。つまり、インフレが生じなくなったから、バブルが繰り返し起き、バブル崩壊が同じだけ生じるのです。バブル崩壊でデフレが生じるのですから、そのデフレをインフレを起こして解消するというのは倒錯した議論です。


水野氏は、今のグローバリゼーションの行き着く先は、世界の「過剰・飽満・過多」化で、グローバリゼーションは、「限界費用一定の法則という先進国の特権」を前提にした近代を終わらせることになるだろうと言ってました。そして、中国春秋時代の紀元前320~317年に書かれたと推定される『春秋左氏伝』の「国が興るときは、民を負傷者のように扱う。これが国の福です。国が滅びるときは、民を土芥(どかい)のように粗末に扱う。これが国の禍です」ということばを引いて、この国の現状をつぎのように警告していました。

二一世紀の現在、非正規社員が三割を超え、年収二〇〇万円以下で働く人が給与所得者のうち23.7%(平成二三年)、金融資産非保有世帯が26%(平成二四年)という日本で、現在「民」は大切に扱われているとはまったく思えません。新自由主義の人たちは、個々人の努力が足りないと非難し、貧乏になる自由があるとまで言います。『春秋左氏伝』によれば、亡国の道をひた走っていることになります。


しかし、私は、「亡国の道」ならそれはそれで、行き着くところまで行ったほうがいいんじゃないかと思います。「創造的破壊」ではないですが、一度行き着くところまで行かないと、新しいシステムも生まれてこないし、次の世代に残すような未来も拓けてこないような気がするのです。私も含めてですが、とりあえず自分たちの年金さえもらえればそれでいいというような現状追認は、「未来の他者」(大澤真幸氏)に対してあまりにも無責任すぎると言わざるをえません。

※タイトルを変更しました(7/4)。
2013.07.03 Wed l 本・文芸 l top ▲